およそ37億年前、原始の海で生命の起源が誕生しました。
そこから十何億年かを経て陸に上がり、何億年かを経て我々の直接の祖先が誕生し、今ここに我々が存在します。我々の血液、臓器、骨格のすべてに、原始の海、太古の海の記憶を宿しています。陸上においてもまるで海の中にいるかのような環境を自らに宿しているといってもいいでしょう。
「我は海の子」なのです。
人類はすべて海の子ですが、その中でも日本人は海とかかわりの深い民族です。
かの後漢書東夷伝や魏志倭人伝にも倭人の漁労についての描写があるとおり、日本人は古来より魚に栄養源の多くを求めてきました。そしてそれはつい最近まで続いていました。
猫はネズミを狩ることをみんな知っていますが、サザエさんが追いかけている猫は魚をくわえています。日本では猫までもが魚食中心でした。
しかしグローバル化や科学・工業の進歩、生活スタイルの変化などにより、この40年ほどで日本人の食生活は大きく変わりました。それに伴い日本人が発症する疾患も変わってきています。
今やコレステロール値の平均はアメリカ人と変わらなくなったし、肥満・メタボリック症候群を持つ人の比率も増えています。そして狭心症や心筋梗塞を代表とする動脈硬化による疾患が増えてきました。
こうした変化をもたらした食生活として代表的なのは、加工食品やファストフードの増加、飽和脂肪酸の増加などですが、魚の摂取量が大きく減っていることも挙げられます。
♪ 我は海の子白波の~
我々にはお馴染みのこの唱歌も、今の小学生は習いません。うちの子も知らないと言っていました。時代は大きく変わりました。
さて、ではなぜ魚の摂取が減ると動脈硬化が進みやすくなるのでしょうか?
今から50年ほど前、デンマークで行われた調査があります(図1)。
その調査で、白人デンマーク人の心臓病死亡率が 34.7%であったのに対し、グリーンランドに住むイヌイットでは 5.3%と低かったことが注目されました。
そして不飽和脂肪酸のうち EPAや DHAなどの ω(オメガ)-3系と、アラキドン酸などの ω-6系の比が、白人では0.28しかなかったのに対し、イヌイットでは2.5もあり、この差が原因であろうと推測されました。イヌイットはアザラシなどを主食とし、EPAやDHAを豊富に摂取しています。
EPAやDHAは耳にされたことがあると思います。サプリメントとして有名です。その中で特にEPAは、血液が固まりにくくしたり、血管内での炎症を鎮める働きを持っています(図2)。
こうしたEPAの持つ作用がイヌイットの心臓病を予防しているのだろうと考えられました。
この推測を実際に確かめたデータがあります。
コレステロールの高い人を、コレステロールを下げる薬とEPA製剤の両方を服用するグループとコレステロールを下げる薬だけを服用するグループに分けて経過を追ったところ、EPAを一緒に服用したグループの方が狭心症や心筋梗塞の発症が20-25%程度減少していました。特に糖尿病や中性脂肪が高い人、HDL(善玉)コレステロールが低い人、また過去に冠動脈疾患を起こしたことのある人では、この傾向がさらに顕著でした。これらの研究によりEPAには冠動脈疾患を予防する効果があることが実際に証明されたわけです。
さて、この研究では1日当たりEPA 1800mgが処方されていましたが、実際の食生活ではこの量は現実的なのでしょうか?別の調査から答えを探ってみます。
魚を1週間当たり8回(1日当たり平均180g)食べるグループでは、1週間当たり1回(同23g)しか食べないグループに比べると、冠動脈疾患が37%、心筋梗塞が56%も少なかったという調査結果があります。
つまり日常的に魚を食べる習慣があれば、狭心症や心筋梗塞になる危険性を減らすことができるということです。イヌイットほどでなくてもいいのです。一昔前の日本人の摂取量で十分です。
ただ、食生活を変えてそれを続けるのは難しいことです。ですからなるべく効率よくEPAを摂取できる食品を表にしてみました。
これを見ると、生の魚を調理する必要はなく、缶詰でも十分であることがわかります。また刺身でも問題ありません。お酒のつまみを揚げ物などから刺身やサバ缶にするだけでも違ってくるでしょう。
そういえば「酒の肴」と言いますね。肴に魚を多く使っていたので、かつて「うお」と呼んでいたのを「さかな」と呼ぶようになったのだとか。いかに昔の日本人にとって魚が当たり前だったのかということがよくわかります。
我々が海の子であることがお分かりいただけましたでしょうか? 海の子に戻るだけでいくつかの病気が防げます。是非食卓にお魚を乗せて下さい。
最後に。「つま」に野菜をお忘れなく。醤油は少な目でお願いします。